ポストトゥルースの時代に考える「ガセネタ」に纏わる記号体系、「ガセネタ」における意味生成。 宇川直宏(DOMMUNE)
■ポストトゥルースの時代に考える「ガセネタ」に纏わる記号体系、「ガセネタ」における意味生成。
宇川直宏(DOMMUNE)
地元香川の大先輩であるマイナーの主催者=佐藤隆史氏が、1980年にコンパイルした『愛欲人民十時劇場』(ピナコテカレコード)をリアルタイムで愛聴していた僕にとって、今回、山崎春美さんから頂いたオファーは身に余る光栄でした。伝説的な、いや文字通り幻の存在であった「ガセネタ」がニューアルバムをリリースする!!!!!! オリジナルの楽曲は4曲しかないのに…いや、4曲もある(©︎大里俊晴)からこそ21世紀にガセネタのニューシットが、いや、ニューゴシップがリリースされる!!!!!! そんな歴史的アルバムのジャケットデザインのオファーを受けた僕は、これは必然であり荒野から立ち上がった星の定めなのだ、と思うことにしw 二つ返事でお引き受けいたしました。
まず、デザインを着手するにあたり、これは名編集者でもある山崎春美さんにより出題された「ガセネタ」というお題の大喜利なのだ...と捉え、その語源である、デマやゴシップや偽情報を視覚的に表現できないか、と考えることにしました。僕はもうデザイナーを生業として今年で30年になりますが、アルバムジャケットのオファーを頂いた場合、いつも二つの方向性を想定することにしております。まず一つは(A)アーティストの過去のイメージや物語を引き受けた上でUPDATEするのか?(←例えばヒプノシスがデザインをしたピンクフロイドの一連のシリーズはまさにこれです。)もしくは(B)過去のイメージを払拭し、嘗てそのアーティストが纏っていない斬新なイメージをうち出すのか?(←活動黎明期のビョークなどはこの例です。)そこで、今回も様々なコンセプトを練ってみたのですが、やはり「ガセネタ」の場合は、93年に突然リリースされた『Sooner or Later』の「江夏」の強烈なビジュアルイメージを拭い去ることは簡単にはできないと考えました!!!!! 一体、なぜなのか?明らかに東スポから切り抜いた「江夏」逮捕記事の、あの無作為を装った奇妙なトリミングや、金赤と抹茶色のような気色の悪い配色のカラコレによる強烈なインパクトは一体何だったのか?それ以前に「江夏」は本当に「薬漬け」だったのか?そしてあの記事は「ガセネタ」だった可能性はないのか?なぜなら夕刊の大見出しのように「ガセネタ」と帯に大きくかかれていたではないかwwww?などなど….様々な思考を巡らせました。例えば当時「江夏」がそうであったように、時事ネタのコンビニエンスな起爆力を味方につけて、最新のゴシップをジャケ化するアイデアも捻り出しましたが、しかし今回僕は光栄にもこのような大役を仰せ付かったわけなので、「ガセネタ」をビジュアルで掘り下げるにあたっては、ワガママにも(A)と(B)の両方を次元上昇させ、「ガセネタ」の現象そのものを映しだそうと考えるに至りました!!!!!。つまり(A)の物語素を育みつつ(B)として更新するという方法です。(←実は現在のビョークがそれなのです。つまり言い換えればガセネタをビョークの戦略でUPDATEする試みです!)そこで、改めて「江夏逮捕の1日(1993.3/2)」を3枚のジャケットでアブストラクトに辿ってみようと考えました!!!!!! 25年前のあの日江夏は、(1)美術館に行ってコンセプチャルアートにふれ(7inch一枚目)、(2)そしてアイリッシュバーに行って石田えり似の元コンパニオンと合流し泥酔(7inch二枚目)、(3)更にはジュリアナ(←93年なので)に向かいイタロハイパーテクノで激踊り、その流れでカラオケにいってアリスの曲ばかりを昼すぎまでで熱唱(CDのH1&H4)していました!!!!!! そして、その後”現行犯逮捕”された….という物語を3枚のジャケに宿しました!!!!!!! 勿論、これら全てのイメージは僕の妄想=デマ=「ガセネタ」ですwwwww
そして本当に「江夏」は「薬漬け」だったのかどうか?このようにデザインのアイデアをしたためていた、そんなタイミングで...三田佳子の次男、高橋祐也が覚醒剤取締法違反の疑いで、警視庁渋谷署に逮捕されました。4度目の逮捕ということもあって、乱用薬物の中での特に覚醒剤の依存性の恐怖を、地上波がこぞって報道していました。そう、彼こそがまさに現在「薬漬け」の身なのでしょう。また同じ野球選手である清原和博は「ホームランより自分を満たしてくれるものはない」と自覚し、引退したあとの空虚感から「薬漬け」になってしまい、現在、ひとり孤独に薬物と闘っていると聞きます。そして清原は、今月過去の栄光と挫折をつづった『告白』を上梓し、薬物修羅を明かしたところです。清原本人が語っているのですからこれは、「ガセネタ」でないことは明らかです。そうです!!!!!! 絶対的に「清原」は「ガセネタ」ではない!!!!!!!!! なのに何故今だに「江夏」は「ガセネタ」で「ガセネタ」は「江夏」であり続けるのか!!!!!!!?
存知の如く「ガセネタ」の1stには『Sooner or Later』というタイトルが付いています。にも関わらず、今だに通称「江夏」の方で広く認知されているのは何故なのでしょうか?このことをアートワークを通じて深く考えてみたいと思いました。この3連のアートワークの根底には上記のように「江夏逮捕の1日(1993.3/2)」というコンセプトが確かにあります。そしてこれはある種の思考実験なのです!!!!! しかし例えば、過去の一切の「ガセネタ」の活動やリリースを知らない一見のリスナーが、今回の「ガセネタ」のアルバムを偶然手にとって、これらジャケットのイメージを目にしたとして、その上で「江夏」を連想する人間は果たしてどれくらいいるのか?年齢層は?そして性別は?更には国籍は?また反対に『Sooner or Later』をリリース当時から愛聴していた、例えば僕のようなヘヴィーリスナーならば、このジャケットを見た瞬間に、ほぼ9割が反射的に「江夏」「薬漬け」という脳の襞にこびり付いた物語素を25年ぶりに呼び覚まし、地続きで僕の妄想の物語=「ガセネタ」の片鱗に接続してくれるのだと想定できます!!! つまり今回は「江夏」とどこにも書いていないにも関わらず、自動的に3枚とも93年の「江夏」の物語として共有してしまう筈だという実験です。言い換えれば、その方々は、この3連作のH1に共にフレームインした注射器の液体の中身は、暗黙の了解として"覚醒剤”だと断定しているのだということです。要するに「ガセネタ」『Sooner or Later』を通じ、イメージ表象としての注射器が、言語表象としての"「江夏」は「薬漬け」である"という記憶と接続され、心のうちに"覚せい剤”としてシンボライズしてしまっているのです。注射器の中の液体が、分かりやすく青、緑、黄色と、明らかに覚せい剤の水溶液とは違うと識別できるように色分けされているにも関わらず…www
ならばこの実験は、過去の一切の「ガセネタ」の活動を知らないリスナーにはどう響くのか?例えば予防接種などで幼少期より刷りこまれ続けているチクリと痛い体感...また注射針を見てある種の先端恐怖症的な嫌悪感を示す人もいることでしょう。そのような方々の中には、ある種チクチクとした痛みを伴った「ガセネタ」の音楽性をこのグラフィックは表現しているのだと批評して下さる方もいる事でしょう。また、先述のような芸能人の薬物汚染報道時に、地上波ではクリシェとして "注射器と白い粉=違法薬物” と連想させるようなイメージビデオが垂れ流され続けている現在(参照→■)、このアイコンをやはりドラッグと結びつけて表象することも容易いと思います。では、その方々は、コンテクストとしてこの液体をどう捉えるのでしょうか?まず、ドラッグのイメージを知覚したとしても、その直後、心の中で「江夏」を生起される方は現在殆どいないのではないでしょうか?。なぜなら”ジャンキー"というキャラクターイメージ自体も歴史とともに更新されているからです。例をあげるならば、先述の高橋祐也(4度の逮捕歴)や清水健太郎(6度の逮捕歴)や岡崎聡子(6度の逮捕歴)などが「薬漬け」の印象を全身全霊で更新し続けていますし、ノリピーのアイドルイメージとのコントラストも未だ根強いです。また既に述べましたが、やはり「江夏」と同じく、スポーツマンが薬物に支配され破滅していく様を自ら告白した清原和博の物語は強烈です!!!!! 併せて薬物事犯とそれに付随したオルタナティヴな物語としては、摂取/所持していたドラッグのカテゴリーが全く違うにも関わらず、押尾学や田代まさしの事件と結びつける方もいることでしょう。そしてワールドワイドには、いまだシド・ヴィシャスやキース・リチャーズの肖像と接続したり、青山正明や石丸元章のテキストが脳裏に浮かぶ人もいるかもしれません。
しかし、このグラフィックを改めて見てください!!!!!!! 実はこの注射器は全て医療用/実験用(というテイ)で、また既述のとおり、液体の色を見ていただければ一目瞭然!注射器の中身は断じてシャブなどではなくw、ヤシ油洗剤、ビール酵母、そしてブルーキ ュラソーなのです!!!!!!!!(1)まずは(江夏が)美術館で手を洗ったときのヤシ油洗剤<緑>(参照→■■)(2)次に(江夏が)アイリッシュバーで飲んだビールを発酵させるために使われたビール酵母<参照→■■>(3)そして(江夏が)ジュリアナ(93年なのでw)で飲んだウォッカベースのカクテル=ブルーマンデーを色付けした青色のキュラソーなのです<参照→■■>。要するにそれらを摂取したという意味あいの注射器なのです!(注射器は入れる時だけではなく、抜きとるときにも使いますので)。ここまで明確に色付けされているのになぜ、受け手は"覚醒剤"を連想してしまうのかw?これこそがまさしく茂木健一郎さんの研究フィールドであるクオリアの正体なのです。感覚の持つ質感...脳と心と文脈の関係…この「ガセネタ」3部作のグラフィックは、そのような記号体系と意味生成の問題を問うた実験的な作品なのです!!!!!!! そう、つまり全ては「ガセネタ」の仕業なのです!!!!!!!
また、SNSでのコミュニケーションが常態となった現在「ガセネタ」はサイバースペースに溢れています!客観的な事実以上に、例えそれが虚偽であったとしても個人の感情に訴える情報の方が強い影響力を持つこの時代!!!!!「ガセネタ」はポストトゥルースやフェイクニュースと読み替えることができるでしょう!!!!!! メディアリテラシーをぶっちぎり、虚構が現実として受け入れられる現代において「ガセネタ」は個の妄想世界に入り込む今世紀的意味生成を果たしているとも言えます!!!!!
そして内ジャケには硬式野球ボールと夏みかん。即ち、購入者だけがジャケットを見開いて漸くこの2つのアイコンを与えられる仕組みです。そしてこのボールをみてやはり野球選手である「清原」に再度フォーカスする人が増える筈です。しかしよく見てください!!!!!! 片側にはなぜか….夏みかんが…..そう、あくまでも「清原」ではなく「江夏」!!!!! こうやって内ジャケでやっと「江夏」のイメージに誘導しているのです!!!!! にも関わらず、いざCDを聞こうとして盤面を取り出すととなぜか血痕が….な、な、なんだ、これは!!!!!! 「江夏」の注射針に付着した血液が、ここに…?いや、違う!!!! これは「清原」でも「江夏」でもない!!!!!! これはまさしく『巨人の星』において、花形満が川上監督に送った血染めのボールではないか!!!!!! とどのつまり「江夏」ではなく「星」だったのか!!!!!! と、物語がいきなり注射器を超越して(飛雄馬だけに)飛躍し始めるのです!!!!!!!! そういえば大リークボール2号が花形に打たれた後も『巨人の星』の物語の中での、オールスターファン投票で星は、堀内恒夫、江夏豊に次ぐ3位でした。そんなわけねーだろ!!!!!! 星飛雄馬は実在しないだろ!!!!!! いえいえ、梶原一騎の幻想世界=「ガセネタ」はグラウンドの「星」を通じ、実は「江夏」と地続きだったのです!!!!!!! そして1993年逮捕時、容疑が固まるまでの間、江夏豊は警察当局から「ホシ」(容疑者)と呼ばれていた筈です!!!!!!! もう一度言わせてください!!!!!!! そう、つまり全ては「ガセネタ」の仕業なのです!!!!!!!!!!!!! おあとがよろしいようで…ご静聴ありがとうございました!!!!!!!!!
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